石巻

神奈川のボランティアバス。
総勢77人。

これから宮城県石巻に行って来ます!
[PR]
# by kesa525pasa | 2011-07-22 22:21

気仙沼

これから夜行バスにて、気仙沼の仮説住宅へ『キャラバン・カフェ』なるものを、オープンしに行きます。

最初は『想い』だけしかなく、ゼロからのスタートだったが、なんとか実現にこぎつけました。

行ってきます。
[PR]
# by kesa525pasa | 2011-07-01 23:08

宮城県東松島

神奈川県のボランティアバスで、今宮城県東松島に向かっています。

今回はバス二台。
自分は一号車の運営責任スタッフとして乗っています。
総勢80人弱の大所帯です。

この人数で、どれだけ被災地の力になれるか、気合いが入ります。
[PR]
# by kesa525pasa | 2011-06-04 06:47

宮城県山元町

先週末、神奈川県のボランティアバスに乗り、宮城県山元町にボランティアに行って来ました。

今、かながわ東日本大震災ボランティアステーションに登録し、さまざまな形での被災地支援を!
との思いで日々動いています。

前回アップしてから今日に至るまで、書きたい事は沢山あるんだが、書く時間が…。

とにかく、被災地では、まだまだがれきや泥撤去、樹木抜根などのニーズがあります。息の長い支援を必要としています。
同時に、家を無くし避難所暮らしを余儀なくされている方々や、仮説住宅や地元を離れ、慣れない土地での生活をされる方々もいます。

きっと、ボランティアも、いろいろな形での支援を同時進行でやって行く事になると思います。

震災から2ヶ月。
被災地では、まだ車が転がっています…。
[PR]
# by kesa525pasa | 2011-05-16 18:54

ボランティアの輪

まだまだ被災地は人が足りない状態です。そんな中、友人達も災害ボランティアに向け動き出しました。行って来た体験を発信して、ボランティアの輪が広がる。それが被災地の復興につながっていくと信じ、引き続き発信していこうと思っています。

さて、動き出した友人達のために、まず服装について、自分の体験をもとに書いていきます。

がれき、泥撤去作業時の服装
※動きやすく、汚れても良い服装。長袖長ズボン(材木から釘やボルトが飛び出ているため)
※安全靴タイプの長靴(泥、釘やガラス等両方に対応)
※ゴム手袋(泥、がれき撤去時)
※軍手(家具移動など、泥が着いたゴム手袋で汚したくない物を運ぶとき)
※マスク(作業時のほこり対応)
※帽子(頭を守るため)

さらに万全を期したい人は。
※防塵マスク(マスクより、さらにほこりをシャットアウト)
※ゴーグル(ほとんど水道が通っていないので、目に何か入ったとき洗う事が出来ない場合も)
※ヘルメット(当然、帽子より安全)

せっかくボランティアに行ったのに、怪我などしたら本末転倒。自分に出来る範囲で、なるべく準備を整えていく事をお勧めします。

ボランティアセンターによっては、軍手や長靴を貸し出してくれるところもあるかもしれませんが、被災したにもかかわらず、ボランティアをしている人達がいます。そういう人達に使ってもらうべきだと思います。頼めば貸してくれるかもしれませんが、自分で用意していくのがベストです。


亘理町では、一番、二番に手をあげて、すぐ現地に向かっていたので、その後はどうなっていたのかわかりませんが、どうやら、がれきや泥撤去だけではなく、物資の仕分けや避難所での話し相手などのニーズもあるようです。
年齢性別に関係なく、被災地では『人の力』を必要としています。
自分が行って何が出来るか?
ではなく、
自分が行ったら何か出来る!
のです!
[PR]
# by kesa525pasa | 2011-04-15 23:33

忘れないためにも…

震災から1ヶ月が経とうとしています。

ボランティアから横浜に帰ってくると、まるで別世界です。一時の物不足も解消され、コンビニやスーパーには普通に商品が並んでいます。ニュースでも、震災以外の情報が流れるようなりました。

人の記憶は薄れていくものです。もし自分も災害ボランティアに行っていなかったとしたら、きっと日々の生活の中で、記憶が薄れていったんだと思う。しかし、自分の目には、復興もままならない被災地の光景が焼き付いています。

今日、震災以前のブログの記事を非公開にしました。
帰ってきてから、少しでも発信しようと、友人達にこのブログを読んでもらっています。
自分が今、一番伝えたい事を、読みやすいように、以前の記事は封印します。
被災地と被災した人達の心が復興するまで…。
そして、自分自身があの光景と体験を、忘れないためにも…。
[PR]
# by kesa525pasa | 2011-04-07 01:38
8時ボランティアセンター到着。
マッチングの時間を待っていると、
「おはようございます!」
と後ろからの声。
なんと!Sさん。
「やっぱり、今日も来ました!」
実家を5時に出て来たそうです。
このSさん、まじめが服を着て歩いているような人で、自分から人に話しかける感じではなさそう。
昨日も、もくもくと一番大変な作業をやっていた。
手伝おうとしても、
「ここはすごく汚れるし、せっかくなんで自分がやります」
何がせっかくなのかは良くわからないが、
とにかく自分の想いを大変な作業をやる事で形にしたかったんだと思う。
今日もSさんと一緒だな。なんかうれしい。

今日のマッチング。一番目は一輪車を積める車を持っている人が必要なので断念。
二番目
「○○町○○さん。必要人数は6人、作業内容は家具の移動、がれきの撤去です。
トイレの使用は出来ません。やってくれる方」
自分達夫婦とSさんが手を挙げ、残りの三人も挙がった。
今日のチームは
Mさん・茨城
Wさん・新潟
Sくん・埼玉
そして、Sさんと自分達の計6人。
今日のリーダーは自分です。
Mさんは昨日から亘理町で継続。Wさんは昨日岩沼町でやっていたそうです。
この二人はもともと友人で、昨日たまたま連絡を取ったら隣町でボランティアをやっていたと…。
Sくんは今日埼玉から出て来たそうです。
肉体労働とは縁がなさそうだが、きっと、一念発起して来たんだと思う。

今日も軽トラ含め3台の車で現地へ。
昨日よりもさらに海の近くへ。
ひどい…。そこら中に転がった車。どこから流れて来たかわからない屋根。
転がった電柱。がれきの山…。
ニュースで映像は嫌になるほど見てきたが、こうして現地を見ると言葉が出ない。
復興と言う言葉が、とても遠くに感じてしまう。
しかし、いかに遠くても現地の人達は少しづつでも近づこうと努力しているのも事実。
自分を奮い立たせる。

軽トラで案内してくれるセンターの人も、場所はわかるけど道がないので行き方がわからない。
がれきの間を縫うように走り、なんとか現場に到着。
まだ、新しい外観。広い庭。
しかし、家の周りにへばりつくように、2メートルくらいのがれきの山。
広い庭では、どこからか流れて来た屋根が物置きの下に食い込んでいる。
今日一日でどこまで出来るのだろう。
という言葉がよぎりながらも、さらに自分を奮い立たせる。

その家のご主人に説明を聞く。
まず、ガレージの中を確認したいので、歪んだガレージのシャッターを開ける。
そして、家の周りのがれきの撤去。
同時進行で、家の中から冷蔵庫やピアノ、家具などを撤去。
そんな、説明をしながら隣の家の塀に乗り上がった車を見て
「あの車、うちのなんだよね。どうしようかねぇ」
と力なく笑っていた。
家は建てて8年。
庭は半年前に300万円かけて、ガーデニングが出来るようにした、
奥さん自慢の庭だったそうです。
少しでも前の状態に近づくようにと、気合いが入ります。

昨日と同様、今日のメンバーもひたすら動きます。
あれだけ高かったがれきの山が、少しづつ低くなって行く。
昼休みも1時間の予定が、30分ぐらいで
「動いてないと、寒くなる」
などと言いながら、みんな自然に動き出す。
そして、作業終了時間にはがれきもなくなり、コンクリートの地面が表れました。
ガレージのシャッターも開き、家の中の家具や泥も撤去出来ました。
それでも全体の50%出来たかどうか…。

最後には家族全員が外に出てきてくれ、
「大変な作業ありがとうございました」
と口々にお礼を言われた。
我々は、今この瞬間に頑張っている人達に、頑張って下さいなどとは言えず、ただ
「ありがとうございました」
と頭を下げるしかなかった…。

ボランティアセンターに戻り、
携行缶に入れて来たガソリンを、ボランティアセンタースタッフの人達に
使ってもらいました。
スタッフの人達はスタンドに並ぶ時間もなく、自分達の車のガソリンが無い状態でした。
もう自転車で山を越えて、センターまで来るかと話をしていたそうです。
たいした量ではなかったが、少しは役にたったようです。

今日のチームともお別れ。
みんな、明日から仕事です。
この2日間、さまざまな想いを持ってこの地に集まった人達がチームを組み、
その想いをここに残そうと、一人一人が力を出しました。
その結果、少しでも被災した人達に、前に進む勇気を与えられていたら…
少しでも笑顔が増えたら…少しでも元気になれたら…
それが、みんなの願いです。
引き続き、被災地のボランティア活動は続いて行きます。
物資は集まって来ました。
義援金が力を発揮するのは、もう少し先です。

今、被災地で必要なのは『人の力』です。
被災地では、泥に埋もれた家を見て途方に暮れている人が沢山います。
まわりは、みんな被災者です。
きっと、弱音を言いたいけれど、ぐっと我慢しているのだと思います。
そんな時に、県外から来たボランティアだからこそ、
普段、口に出来ない事も話せるようです。

広範囲に渡っている被災地。
復興も一筋縄ではいかないでしょう。
だからこそ、人の力で一つ一つ家単位、町単位で復興させて行くしかありません。
今、ボランティアの受け入れが整いつつある宮城県を中心に、
今後、他県に広がっていくはずです。

このブログが、ボランティアに行きたいけれで二の足を踏んでいた人や、
もっと何か出来るんじゃないかと、もどかしさを感じていた人の、
力や参考になれば、幸いです。
[PR]
# by kesa525pasa | 2011-04-05 09:01
朝6時半、宿を出発。
ガソリンスタンドに行列が出来ています…。
約1時間で亘理町ボランティアセンターに到着。
まず、持って来た物資を渡します。
8時半にボランティアと作業のマッチングを行うので、まだ時間に余裕がある。
長靴に履き替え、帽子を被り、ゴム手袋をポケットに。
準備を整え受付に。
受付で名前と住所を書き、ガムテープにマジックで名前を記入、
腕に貼り付けます。

そうこうしているうちに、人が集まって来ました。
地元の人、県外の人、ジャージを着た中学生達、
初めて来た人、継続してやっている人。
このボランティアの中にも、被災した人がいます。
それでも、誰かの為にとこの場所に来る人達がいる。
安全な場所にいながら、必要がない物を買い占めしている人達に、
この姿を見せてやりたいと、心の底から思ってしまった…。

マッチング開始。
亘理町では手あげ方式でやっています。
まずセンターのスタッフが必要な人数、作業内容などの情報を言い、
希望者が手を挙げるというやり方です。
「まず、一件目は○○町の○○さん。人数は5人。作業内容は家具の移動と泥の撤去。
トイレは使用出来ません。やってくれる方は手を挙げて下さい」
真っ先に自分と妻が手を挙げます。
残りの3人もすぐ手が挙がり、あっという間に5人決まりました。
5人集まり、まずリーダーを決めます。Yさんの手が挙がり決定。
さらに詳しい情報を聞きます。
どうやら、一旦避難所に寄って依頼主さんをピックアップしてから、
現地に向かうとの事。
センターの軽トラ、ボランティアから車を2台出して、3台で行く事に。
軽トラに作業道具(一輪車、スコップ、バール等々)を積み出発。
みんな、ボランティアをやるぞと決めてここまで来ているので、意志決定と行動が早い!

さて、今回一番に手を挙げた5人。
なんと、4人が横浜市内から、1人は栃木からだが、今横浜市内に自宅を建設中との事。
偶然なのか必然なのか…みんな驚いています。
Yさん・教師
Sさん・IT関係
Tさん・製薬関係
そして自分達夫婦の計5人。
仕事も年齢も違うが、みんな同じ目的を持ってこの町に来た。
このチームで、今日これから出逢う人のために100%力を発揮しよう。
少しでも元気づけられるように、何でもやろう。
みんな口には出さないが、その想いがヒシヒシと伝わってくる。

避難所経由で現場に到着。
依頼された方は、60歳半ばの女性。
旦那さんと88歳のお父さんと避難所生活。
旦那さんは重機を運転出来るので、被災者でありながら毎日自衛隊と
がれき撤去をやっています。
避難所の学校から、近々 他の避難所に移動する計画があるらしく、
その前になんとか寝る場所だけでも確保したいと、ボランティアを頼んだそうです。
海岸近くほどの被害ではないが、それでも胸のあたりまで津波が来たとのこと。
家の中は泥だらけ、倉庫の中も津波で上も下もわからない程、泥にまみれて荒れています。
いちごを栽培していたビニールハウスもひしゃげている。
その光景を眺めながら
「何から手ぇつけていいやら…」
と、ぽつんと呟く姿が痛々しかった…。

まずは、3部屋家具を移動し床板を全部剥がす。そして床下に溜まった泥の撤去。
ろくな打ち合わせもなく、気づいたら確認し、必要な事を伝え、
一人一人があえて大変な作業を選んで片づけて行く。
今日の朝、出逢ったばかりとは思えないチームワークで、
気づいたら午前中に家の作業が終わっていた。
小さな一歩かもしれないけれど、
この午前中の作業で少しは前に進んだ実感を持ってもらえれば…と思う。

午後は倉庫内。
くるぶしまで埋まる泥と格闘しながら、とにかく動く。
泥の撤去まではいかなかったが、なんとか倉庫内の物を全部外に出して作業時間終了。
とても一日じゃ終わらない…。
作業中、何度も、
「明日もあんた達来てくれるのかい?」
「また、あんた達が来てくれるとありがたいんだけど…」
きっと、心細いんだろう。
その気持ちに答えたいが、
「自分達じゃないかもしれないけど、またセンターから来てくれるから」
と言うのが精一杯だった。

出荷前のいちごが入った段ボール、泥で汚れた食器、壊れたタンス…。
捨てるに忍びない物達を迷いながら
「投げていいよぉ」
と言う。その言葉を聞くたびに、胸がちくちくする一日だった。

最後別れ際に、小さい背をさらに小さく90度に腰を曲げて
「ありがとうございました。
少しでも前向いて、頑張って行くから…。
本当にありがとうございました。」
と何度も何度も頭を下げるおばちゃんの姿。
…泣きたくなった。

ボランティアセンターに戻り、使った道具を洗い、作業報告書を書く。
もっと良くしていこうという思いから、改善点や気づいた事、感じた事をスタッフを交えて話し、
今日の作業は終了です。

YさんTさんは、明日岩沼町のボランティアに行き、
Sさんはこれから、3時間かけて実家に帰るとの事。
今日出逢って、今日でお別れです。
連絡先を聞く訳でもなく、みんなすがすがしい顔で、
「ありがとうございました…また!」
確かにまた、この人達と出逢えるような気がする…。

ボランティアセンターから車で15分くらいの宿
(この宿が取れたのは相当ラッキーです)に宿泊。
久々の肉体労働。さすがにバタンキューです。
[PR]
# by kesa525pasa | 2011-04-05 08:55

災害ボランティア・準備

先週末、宮城県亘理町(わたりちょう)に妻と災害ボランティアに行って来ました。
震災後、義援金や物資輸送もいいけれど、もっと直接的に被災した人達の力になりたい!
という思いをずっと持っていた。
きっと、そういう思いを持っているのは自分達だけではないのでは?
そして、この体験を少しでも発信していかなければ、
と思い、恥ずかしながら、ブログを更新します。

今まで災害ボランティアの受け入れは県内のみだったのが、
先週ぐらいから、やっと宮城県のいくつかの自治体が県外からの受け入れを開始しました。
その情報を知ったのが水曜日。
妻と相談し、受け入れを開始した中から亘理町に行く事を決めました。
理由の一つとして、ニュースで大々的に取り上げられている町より、
ボランティアが不足しているのではないかと思ったからです。

さて、準備開始です。
ここは、具体的に書いていきます。
もし、行く人がいたら参考にして下さい。

1.現地で少しでもお金を落とそうと、かろうじて営業している宿を探し予約。
 ※宿泊先の確保は必須です。
  中にはボランティアセンターの駐車場にテントを張っている人(要ボランティアセンター確認)
  車中泊の人もいます。仙台の宿を拠点にして動いている人も。

2.ボランティアセンターに電話
 ※必要な情報はここで。

 宮城県は、以下のとおり。
 宮城県災害ボランティアセンター
 県外募集は、石巻市、多賀城市、岩沼市、亘理町、塩釜市
 http://msv3151.c-bosai.jp/
 ※最新情報を入手してください。
 (その他の県は、まだわかりません)

3.地元の社会福祉協議会で、ボランティア活動保険の「天災タイプ」に加入
 ※ボランティアセンターによっては、現地で加入も可能。
  ボランティアセンターに確認してください。

4.現地の情報から車で行ったほうがいいだろうと判断し、レンタカーの予約。
 ※今回は念のため、スタッドレスタイヤの車を借りました。

5.現地でのガソリンの給油は困難なので、携行缶(ガソリン専用、ポリタンクは不可)を調達。
 ※4/1現在どこも品切状態、入荷予定も未定。
  最終的には友人に無理を言って2つ借りる事が出来ました。

6.自分達の作業用長靴、手袋、動きやすく汚れても良い服装、食料、飲み物、ウェットティッシュetc の準備
 ※長靴は安全靴で(釘対応)、ゴム手袋(泥撤去対応)、軍手(家具移動対応)
  すぐ汚れるので手袋は多めに。

  ボランティアの方の服装について
  URL:http://msv3151.c-bosai.jp/?module=blog&eid=13634&blk_id=13403
   「ボランティアマニュアル」をダウンロード

7.自治体のHPより、下着と靴下が不足しているとの事、男物女物合わせて80個購入。
 ※(2の電話時に確認可)

8.ボランティアの心得を熟読
 ※何気ない一言や、行動が被災した人の心を傷つけてしまう事も。
   
  全国社会福祉協議会の「ボランティア活動について」
  URL:http://www.shakyo.or.jp/saigai/katudou.html


準備不足で現地に迷惑をかけたくないので、
妻と二人同時進行で、なんとか準備を整え、金曜日の昼に出発しました。
東北自動車道は全線開通しているが、4/1の時点で
ガソリンを普通に入れられるのは栃木まで。
福島から上は軒並み、金額かリッター制限がかかります。
出来れば、現地の人達に使って欲しかったので、ちょこちょこガソリンを給油。
ほとんど満タンの状態で白石インターを降りる事が出来ました。
その日は、白石駅近くの宿に宿泊。
震災の影響で暖房はきかないが、避難所で生活している人達を思えば
ベットで寝られるだけでありがたい。
いよいよ明日、被災地に入ります。
[PR]
# by kesa525pasa | 2011-04-05 08:47